市民に開かれた美術館

目の前には青々とした芝生に紺碧の海、

この日は初夏とはいえ汗ばむ陽気だったことも相まって、

なんだか夏休みを想起させられながら、横須賀美術館を訪れました。

開館当初から障害児向けワークショップや、福祉講演会など、

福祉事業を継続してきた横須賀美術館のこれまでの取り組みや今後の課題について、

学芸員の立浪佐和子さんにお話しを伺いました。

 

2017年で開館から10年を迎える横須賀美術館ですが、

市民にとって開かれた美術館である必要性に迫られるなかで、

開館当初から市民ボランティアの参加の仕方や、学校の校外授業の受け入れ、

障害のある方や幅広い年代の方が楽しめるための展示の工夫など、

職員間で、意識を共有しながら考え続けてきました。

私たちが訪れたときに開催されていた『デンマークデザイン展』では、

デンマークのデザインチェアに実際に座って体験できるコーナーがあったり、

所蔵品展では『開館10周年 みんなが選んだベスト・コレクション』として、

来館者による人気投票で選ばれた作品が投票者のコメント付きで展示されていたりと、

展示作品をより身近に楽しめる工夫がされていました。

 

横須賀美術館での福祉に関連する事業は主に3つ、

障害児向けワークショップ「みんなのアトリエ」、福祉ワークショップ/パフォーマンス、

福祉講演会があります。

 

毎月第3土曜日に開催している「みんなのアトリエ」は、

障害の種類や程度を問わず、また兄弟も参加できるゆるやかさが好評で、

継続して参加する方や、口コミを聞いて新しく参加する方もいます。

同じ講師で実施することで参加者と関係性が築ける一方、

継続して参加している方にとっては内容が重なってしまうこともあるといった

葛藤もあるようです。

 

福祉ワークショップ/パフォーマンスでは、ろう者と聴者による人形劇の観劇や、

アーティストによる造形ワークショップなど、

障害の有無に関わらず楽しめるプログラムを年2回展開しています。

毎回講師や対象者の変化があり、遠方から来るお客さんもいるそうです。

 

福祉講演会では年一回海外から講師を招致し、主に視覚障害者の美術鑑賞や

アクセシビリティに関する知識を深める機会を開いています。

これまでの講演は視覚障害についてのテーマが多かったのですが、

他の障害のある方や高齢者、外国籍の方など、さまざまな来客者にとっての

美術館のあり方についても考えていかなければならないと話します。

また、これらのイベント的なプログラムが実施されているだけではなく、

普段からバリアフリーな対応が考えられています。

視覚障害がある方に対しては福祉講演会での内容を受けて、

実際に点字版館内案内などの用意もしていますが、

簡易なものだけであるため十分ではないと感じ、事前申し込み制で対話による鑑賞を実施しています。

また、障害がある方々が団体で訪れた際には、部屋の貸し出しなどの相談に応じているそうです。

「ハード面が完璧には整っていない」と立浪さんは課題として話していましたが、

設備の問題で終わらせず、一人ひとりと向き合って柔軟に対処方法を考えられていることは、

生活の中でバリアを感じやすい人にとって、訪れやすい場所であるのではないかと思いました。

 

とはいえ、横須賀美術館が建っている場所は、一番近い駅からもバスを利用する必要があり、

アクセスの面では訪れやすいとは言えない部分もあります。

障害のある方にとって、出かけ先として認識されていないと感じることもあるそうで、

「知ってもらうための広報や、来てもらうだけではなく、

こちらからでかけていくことも考えてみたい」と言います。

 

多様な人が楽しめるプログラムの工夫の必要、設備の整備やアクセスの課題などは、

10年という年月の中で実際に当事者と関わり、考え続けてきたからこそ見えてきたことだと思います。

「見えてきた問題点を整理し、次につなげる手立てを考えたい」と、

さらにこの先を見据える視点には、横須賀美術館に限った話ではなく、

文化芸術施設と福祉の関わりそのものについて

考えるきっかけが含まれているのではないかと感じました。

                                 (2017/6/14訪問 川村)

◇横須賀美術館ホームページ http://www.yokosuka-moa.jp/